大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和61年(ラ)120号 決定

抗告人(債権者)

大正海上火災保険株式会社

代表者代表取締役

石川武

右代理人弁護士

中島健仁

西垣立也

八代紀彦

佐伯照道

天野勝介

辰野久夫

相手方(債務者)

叶弘

第三債務者

日本楽器製造株式会社

代表者代表取締役

川上浩

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一、本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

第二、当裁判所の判断

一、本件事件記録を調査すると、(一)本件建物については競売開始決定もなくこれに基づく差押登記もなされていない。(二)抗告人は本件建物について昭和五一年七月二七日受付の抵当権設定登記を了していること(記録中の登記簿謄本乙区一番)が認められる。

二、抗告人はこのように本件抵当権に基づく競売申立による差押の効力発生前における抵当権の実行段階前において本件建物の賃料につき民法三〇四条に基づき物上代位の差押を求め、その抗告理由として民法三七一、三七二、三〇四条の解釈、最高裁判所判例(最判昭和四五・七・一六民集二四巻七号九六五頁)の趣旨、実質上の公平の観点からこれを認めなかつた原決定は取消を免れないと主張する。

三、よつて判断するに、成程抵当権についても民法三七二条により同法三〇四条が準用されており、同条によると「目的ノ賃貸ニ因リテ債務者カ受クヘキ金銭」に対しても行なうことを得る旨を定めている。しかしながらそもそも抵当権の使用収益権限のない非占有担保権たる性質上本来目的物の利用対価は抵当権の価値把握対象の範囲外であり、その賃借権が抵当権の対象である目的物の交換価値に影響を及ぼし被担保債権の実行に支障を来たすときに限り民法三九五条但書により抵当権者の請求により解除し得ること、抵当権と用益権との調整と均衡などに照らし次のように考えるのが相当である。

即ち、抵当権設定者と第三者との間における抵当不動産を目的とし賃貸借契約により生じた賃料債権はその賃借権の設定により目的不動産の交換価値が下落し、そのため被担保債権の満足ができなくなる場合などの特段の事情がない限り、民法三七〇条、三七一条の法意に鑑み抵当権の及ぶ範囲でないと解すべきであるが(大判大正六・一・二七民録二三輯九七頁、大判昭和九・五・八新聞三七〇二号一三頁参照)、被担保債権の弁済期が到来し不動産競売の申立がなされて開始決定による差押の効力が発生した後は、民法三七一条一項に照らし、抵当権の効力が及びもはやそれ以後は抵当権設定者の賃料取得の権限が制限され、抵当権者はその選択に従い民法三七二条、三〇四条に基づき物上代位権を行使することも、同法三七一条による権利を行使することもできると考える。

そして、本件事件記録を調査しても、前示のとおり抗告人らの抵当権に基づき本件建物につき競売開始決定もなくこれによる差押の効力が発生した事実もないし、前示賃料債権につき物上代位を許すべき特段の事情を認めることができず、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。

なお、抗告人挙示の前記最高裁判例は抵当不動産に代わる仮差押解放金の取戻請求権に対する物上代位を判示したもので本件に適切なものでない。

第三、結論

したがつて、原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官諸富吉嗣 裁判官吉川義春)

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

債務者が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の債権は別紙担保権目録記載の抵当権(物上代位)に基づき、債権者のためにこれを差押える。

との裁判を求める。

執行抗告の理由書

抗告人は、昭和61年2月27日、大阪地方裁判所昭和60年(ナ)第五二九号債権差押命令申立事件につき同地方裁判所が昭和61年2月24日になした却下決定に対し、執行抗告をなしたが、その理由は下記のとおりである。

一、原決定は「抵当権は、目的物件の交換価値を把握するものであり、抵当物件の使用収益権限のない非占有担保物権であるから、目的物件利用の対価は原則として抵当権の把握する価値の範囲外であって、物上代位の客体たり」得ないとして抗告人のなした抵当権に基づく抵当不動産の賃料債権の差押命令の申立を却下した。しかし、右決定は、民法三七二条、三〇四条の解釈を誤り、最高裁判所の判例に違背する違法なものであって、直ちに取り消されるべきものである。

二、民法三七二条により抵当権にも準用される同法三〇四条は目的物の売却、賃貸、滅失又は毀損によって、債務者(抵当権については所有者)が受けるべき金銭その他の物に対しても抵当権を行うことができる旨定めている。

しかるに原判決は、右規定の解釈として、抵当権に物上代位が認められる場合を「抵当権の目的物件自体の滅失、毀損等の物理的原因によりその全部又は一部について抵当権を行使できなくなったとき、又は抵当権設定後の第三者に対する賃貸により目的物件の担保価値の一部が喪失したときなど、当初確保した担保価値の全部又は一部が滅失ないし喪失した場合に限」っている。そしてその根拠として「本来、物上代位制度は公平の観念に基づくのであるところ、抵当権は、抵当目的物件の交換価値を把握するものであり、抵当物件の使用収益権限のない非占有担保物権である」ことに求めている。

しかし、物上代位を「担保物の価値が滅失・減少した代りに、所有者が別の価値を取得する場合に、公平の見地から担保権の効力が別の価値に及ぶこと」であると解するのは最高裁判所昭和45年7月16日第一小法廷判決(最高裁判所判例解説五五一頁)に反することとなる。前記判決は抵当不動産になされた仮差押に対する仮差押解放金の取戻請求権に抵当権の効力が物上代位により及ぶとしたものである。抵当不動産に仮差押がなされ、抵当不動産所有者が右仮差押を解放するため仮差押解放金を供託したとしても何ら抵当不動産の価値が滅失、減少したわけではないから、最高裁は原決定の解釈を採用していないことは明白である。

物上代位は、目的物がその交換価値を具体化したときに、抵当権が具体化された交換価値の上に効力を及ぼすことであると解すべきであり、民法三〇四条を何ら限定的に解釈すべき理由はないのである。

三、原決定はまた、「抵当権の実行に着手する前に抵当権設定者が目的物件を単に第三者に賃貸することを、その交換価値のなしくずし的な具体化とみることにはいささか無理な点があるように思われる」という。しかし、抵当不動産に賃借権が設定されておれば競売価格が下落することは明白な事実であり、抵当権設定者はその見返りとして賃料を取得するのであり、まさに賃料はその交換価値がなしくずし的に具体化したとみるほかないのである。この理は一般の不動産の取引を想定すれば容易に理解しうる。不動産所有者は不動産を賃貸することによって収益をあげるが、また同時に売却価格が低下することを受忍するのである。即ち将来の交換価値を賃貸という方法で現実化させているのである。

四、仮に原決定が述べるが如く、抵当物件の担保価値が減少した時に限って賃料に対する抵当権の効力を認めるべきだとしても、抵当権設定後の賃貸借契約は特段の事情がない限り担保価値に減少をもたらすものである。

建物に対する賃貸借が、競落人に対抗しうる短期賃貸借契約である場合は競売価格が下落することはもちろんであるが、短期賃貸借でなくても、事実上賃貸人がいる限りは競落人となるものがおらず、競売手続は遅延しひいては競売される価格の下落を生ずることは明白である。

五、なるほど抵当権は抵当物件の交換価値のみを把握し利用価値については抵当権設定者の手元に委ねられている。しかし、抵当権設定者が目的物の利用価値を把握しうるとしてもその利用によって得た利益を自己の手元に留保しうるかは別論である。

抵当権設定者が抵当物件を利用し、そこから得た利益を享受しうるのは、被担保債権の弁済が遅滞なく行なわれ抵当権の実行をなしえない場合である。被担保債権の弁済が行なわれないという異常事態が発生しても、なお、抵当物件の利用による利益を抵当権設定者が享受するというのであれば著しく公平に反する。抵当権設定者は一方で収益を挙げているにもかかわらず、その収益を抵当権者への弁済にも充当せず、その賃借権が存するため物件の価格は下落し、競売手続においてすら抵当権者が充分な債権の回収をはかることができないという事態が生ずるからである。特に被担保債権が抵当物件購入のための住宅ローンである場合(本件もそうである)、この不合理は一層のものとなる。物件所有者は購入代金のためのローンを返済せず、一方で毎月の弁済額よりも多額の賃料収入を得、抵当権者は競売によっても充分な満足を得られず、しかも賃料の差押えもできないことになってしまうのである。

一方賃料に対して抵当権の効力が及んだとしても抵当権者が差押えた賃料は抵当物件の被担保債権に充当されるのであるから、抵当権設定者は、抵当物件を利用することによって被担保債権を減少させるという利益を得るのであって、いまだ利用価値を把握しているといいうるのである。抵当権設定者に過度の負担を強いるものではないのである。

なお、物上代位においても、被担保債権の履行遅滞が差押の要件であるから被担保債権に履行遅滞が生じた段階で、賃料に対して抵当権の効力を及ぼしめても公平に反することはないのである。

六、原決定は「抵当権者は、民法三七一条の定めにより、競売の申立に基づいて目的物件の差押の効力が生じた時などの後の賃料についてのみ抵当権の効力を及ぼすことができると解すべきである。」と述べる。

しかし、民法三七一条にいう果実には法定果実を含まないと解するのが通説判例である(我妻民法講義二七五頁)。実質的に考察しても、賃料に対して抵当権の効力を及ぼしうる時期を抵当物件の差押の時とする理由はみあたらない。被担保債権の履行遅滞時とする方が公平に合致することは既に述べたとおりである。

七、以上原決定は条文上も、又従来の最高裁判例の立場からも、また実質上の公平の観点からも解釈を誤ったものであって取り消しをまぬがれないものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例